1 遺言とはそもそもどういう物?

遺言は、死後の財産分配を指定するための重要な文書です。しかし、遺言が法的に有効であるためには、特定の要件を満たしている必要があります。本記事では、遺言が無効と判断される場合につて、特に遺言能力の有無に影響する考慮要素について解説します。

2 遺言が無効になる場合

遺言が法律に定められた方式に反していたり(960条)、遺言者が認知症などで遺言能力に問題があった場合、遺言が無効となることがあります。遺言の方式違反等、その他遺言が無効になる場合については、こちらのコラムをご覧ください。

遺言能力とは、単独で有効に遺言を行うことができる資格をいい、遺言の内容及びこれに基づく法的効果を弁識、判断する能力です。裁判実務においては、医学的要素だけでなく、遺言の内容や遺言者の言動なども評価され、その有無が判断されます。

3 遺言能力の考慮要素

遺言能力の考慮要素として、以下の7つが主要なものとされています。

① 遺言者の年齢

遺言者の年齢が高くなるほど、認知機能の低下などが考えられるため、遺言能力の判断には年齢も考慮されます。

② 病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移

遺言者が病気(認知症や精神病等)を抱えている場合、その状態を考慮して遺言能力を判断します。医師のカルテなどを収集し、主張を行います。

③ 発病時と遺言時との時間的関係

遺言作成時に論理的思考ができているか、異常行動がみられないかなどを判断するために、発病時と遺言時の時間的関係が重要な要素となります。どの時点で、発病していたかなど、医師のカルテなどを収集し、主張を行います。

④ 遺言時及びその前後の言動

遺言者した遺言以外の発言や行動から、遺言能力があるかどうかを判断します。この際、要介護度認定資料などから遺言者がどのような言動を行っていたかを主張します。

⑤ 日頃の遺言についての意向

日頃から遺言者が自身の遺言について、どのような意向を示していたか、この意向から考えて、残された遺言が合理的かが考慮されます。

沖縄の遺産分割の場合、特に長男に全てを相続させるつもりであるとか、伝統的にこの土地は次男が継ぐなど、相続人が発言している場合などがあります。

⑥ 遺言者と受贈者との関係

遺言者と受贈者の関係が特に良好であり、その者に遺産を残すという内容の遺言がある場合、遺言能力が認められやすくなります。

⑦ 遺言の内容

遺言書の内容が単純か複雑か、合理的かどうかなども考慮されます。単純な内容の遺言ほど、遺言能力が認められやすくなります。

4 具体事例

では、具体的な事例に即して、遺言能力の有無について、どのような点が考慮されるのか見てみましょう。

⑴ 事例

父親が亡くなりました。母と姉はすでに亡くなっており、相続権のある家族は私と長男のみです。父は、長男に遺産を全て相続させるという内容の遺言書を書いていました。父は、生前認知症にかかっていました。この場合、遺言は有効でしょうか?

⑵ 考慮要素

② 病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移

この場合、まず重要なのが、お父さんの遺言作成時の、認知症の程度です(②病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移に該当します。)。お父さんが遺言作成時に、どの程度の認知症であったのか、医師の診断書や改訂長谷川式簡易スケールという認知症の簡易テストの結果などから、お父さんの認知症の程度について主張・立証していくことになります。

④ 遺言時及びその前後言動

また、お父さんの認知症の程度は、お父さんの言動として外部にあらわれることになります。認知症が進行していれば、それだけ行動や発言が支離滅裂なものになっていくと考えられるからです(もっとも、認知症がかなり重度になると、意思表示を行うこと自体困難になり、支離滅裂な言動は減少することもあります。)。そこで、要介護度認定資料や介護施設のケース記録などから、お父さんの④ 遺言時及びその前後言動を主張・立証します。

⑤ 日頃の遺言についての意向や⑥ 遺言者と受贈者との関係

例えば、お父さんが日ごろから相談者様にも何か財産を残すと言っていたにも関わらず、全ての財産を長男に残す旨の遺言を残してるのであれば、遺言能力がなかったと判断されやすくなります。自身のした遺言の内容を理解していなかったと考えられやすいからです。

また、お兄さんが介護を担っていたのか、それとも相談者様が担っていたのかなど、お父さんと相談者さまや長男さんとの関係も重要です。長男さんが非常にお父さんと親しい関係を築いているのであれば、長男さんにすべての財産を残すという遺言を残すことも合理的であり、遺言の内容を理解していたと判断されやすくなります。

⑦ 遺言の内容

遺言の内容も重要です。遺言の内容が単純であれば、ある程度認知症が進行していても、遺言の内容を理解していたと判断されやすくなります。上の事例では、全ての財産を長男さんに相続させるという内容ですので、比較的単純な内容であり、遺言能力はあったと判断されやすいと考えられます。

5 おわりに

仮に遺言能力について、裁判などを通じて争う場合、上記の事情を客観的に裏付ける証拠の収集を行い、それを的確に主張する必要があります。

遺言について疑問に思った場合は是非弁護士にご相談下さい。特に沖縄の場合は、沖縄の相続慣習に詳しい弁護士に是非ご相談ください。

仮に遺言能力があり、遺言が有効であると認められた場合は、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができる可能性があります(1046条1項)。遺留分侵害額請求については、こちらのコラムをご覧ください。

 

参考文献

中里和伸、野口英一郎「判例分析 遺言の有効・無効の判断」 19頁(新日本放棄主版株式会社、2021)