はじめに

大切なご家族が亡くなった後、突然「相続」という言葉と向き合うことになる方は少なくありません。
遺産には不動産や預金のようなプラスの財産もありますが、借金などのマイナスの財産が含まれていることもあります。

  • 「借金を引き継がなければいけないの?」
  • 「相続をやめることってできるの?」

そうした不安や疑問を抱いたときに知っておきたいのが、「相続放棄」という制度です。これは、相続人が相続をしないという意思を正式に示すことで、最初から相続人でなかったことにできる制度です。

ただし、相続放棄には期限や手続きのルールがあり、知らずにいると「放棄できなくなってしまう」ことも。
あとで「知っていれば…」と後悔しないためにも、早めの情報収集が大切です。

この記事では、相続放棄とはどんな制度か、どんなときに使われるのか、どうやって手続きするのか、わかりやすく解説しています。
「相続で悩んでいる」「放棄を考えているけれど不安がある」という方の参考になれば幸いです。

目次

1 そもそも相続放棄とは

相続放棄とは、相続人が被相続人の遺産について、何らかの理由(たとえば借金が多い場合や、他の相続人一人にすべてを相続させたい場合など)により相続を望まないときに行う、正式な意思表示のことをいいます。
相続放棄をした場合、その相続人は、最初から相続人でなかったものとみなされる制度です(民法第939条)。

民法第939条(相続の放棄の効力)

「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」

 

具体例(1)被相続人に借金が多くあるパターン

最も多い相続放棄のケースは、被相続人Aの子として相続人BおよびCがいる場合で、Aに積極財産(不動産や預金などのプラスの財産)がほとんどなく、代わりに借金などの債務があるケースです。

このような場合、BやCがそのまま相続すると、Aに代わって借金を返済しなければならなくなります
しかし、相続放棄をすれば、BおよびCはAの借金を返済する義務を免れることができます

なお、相続放棄をした場合には、代襲相続の規定は適用されません。

また、相続放棄における注意点として、相続には法定の相続順位が定められていることが挙げられます(民法第887条、第889条)。
たとえば、Aに子としてBおよびCがいるものの、Aの親(親がすでに亡くなっていれば祖父母)や兄弟姉妹がまだ存命である場合には、BおよびCが相続放棄を行うと、相続権は順に親→兄弟姉妹へと移っていくことになります。

そのため、本当にAの遺産を相続人全員が放棄しようとする場合には、相続の順位に従って、順番に相続放棄の手続きを行う必要がある点に注意が必要です。

相続放棄により相続権が移動するイメージ図01
 
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相続放棄により相続権が移動するイメージ図02
 
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相続放棄により相続権が移動するイメージ図03
 

具体例(2)誰か一人に相続をさせたい場合

相続人のうち、誰か一人にすべての遺産を相続させたいと考える場合があります。
たとえば、先ほどの例のように、被相続人Aに対して相続人BおよびCがいるとして、Aの遺産をすべてBに承継させたいと考えるとします。通常であれば、BとCの間で遺産分割協議書を作成する方法が考えられます。
しかし、この場合にCが相続放棄をすると、Cは最初から相続人でなかったものとみなされるため、結果的にAの相続人はBのみとなります。

そうすると、遺産分割協議書を作成しなくても、Bが単独で遺産を相続できる状態が生まれます。このような目的で相続放棄がなされることもあります。
このように、相続放棄は相続の場面において比較的よく使われる制度であり、その効果や手続き方法について正しく理解しておくことが大切です。

相続放棄による単独相続のイメージ図01

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相続放棄による単独相続のイメージ図02

2 相続放棄の申述はどうすればよいのか

(1)相続放棄の手続きはどこで行う?

相続放棄の申述は、家庭裁判所に対し、行わなければなりません(民法第938条)。

民法第938条(相続の放棄の方式)
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

具体的には、被相続人が最後に住所を有していた場所の家庭裁判所が管轄となります。
たとえば、相続放棄を申述する人が東京に住んでいても、被相続人が沖縄で亡くなった場合には、被相続人の最後の住所地である沖縄の家庭裁判所に申述しなければなりません。

相続放棄申述書の提出先は裁判所

(2)相続放棄申述書の記載内容

相続放棄の申述は、「申述書」によって行わなければなりません(家事審判規則第114条1項)。
申述書には、次の事項を記載し、申述者または代理人が署名・押印する必要があります(同条2項)。

  • 申述者の氏名および住所
  • 被相続人の氏名および最後の住所
  • 被相続人との続柄
  • 相続の開始があったことを知った年月日
  • 相続を放棄する旨

申述書のひな型は、裁判所のホームページから取得することができます。
また、添付書類として、被相続人および申述人等の戸籍謄本等の資料が必要になります。
詳しくは、裁判所HPの該当ページを参照してください。

(3)相続放棄の効果が発生するタイミング

相続放棄は、単なる意思表示ではなく、家庭裁判所が申述を受理し、その審判が確定して初めて効力が生じます(家事審判法第13条)。

(4)相続放棄の申述ができる人

相続放棄の申述ができるのは、相続人本人またはその法定代理人に限られます。
なお、弁護士に依頼すれば、相続人の代理人として家庭裁判所に申述手続きを行うことが可能です。

前述のとおり、申述は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で行う必要があるため、遠方に住んでいる場合などは、弁護士などの専門家に依頼することも検討するとよいでしょう。

3 相続放棄の手続きは自分でできる?

相続放棄は、家庭裁判所への申述という手続きで行われるものであり、特別な事情がなければ、相続人自身で手続きすることも十分可能です。
申述書のひな型は裁判所のホームページから入手でき、必要な添付書類(戸籍謄本など)を揃えて提出することで、手続きは完了します。

ただし、次のようなケースでは注意が必要です。

  • 相続開始から3か月以上経過してから借金の存在に気づいた場合
  • 相続人が遠方に住んでおり、申述先の裁判所が遠い場合
  • 手続きに不安がある、正確な書類作成に自信がない場合

このような場合には、専門家への相談や依頼も視野に入れると安心です。
詳細な依頼のメリットや対応が必要となる場面については、後述の章で解説しています。

4 相続放棄の期間はいつまで?

(1)熟慮期間とは

相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないと定められています(民法第915条1項)。
この期間を「熟慮期間」と呼びます。
期間は原則3か月とされており、感覚的には短いと感じる方も多いでしょう。

この熟慮期間の考え方には以下のような点が問題となります。

(2)熟慮期間の開始時期と延長の可否

相続放棄における重要なポイントは、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」が、いつなのかという点です。

文言通りに解釈すれば、「被相続人が亡くなったと知ったとき」が起算点のようにも思えますが、実際には、相続財産の内容(特に借金などの消極財産)をすぐに把握できないケースが多くあります。

そのため、現在では、相続人に落ち度がなく、調査しきれなかった相続財産、特に判例では借金などの消極財産については、その存在を知った時に、はじめて、「自己のために相続の開始があったことを知った」ことになると解釈されています。

具体的には、被相続人Aが亡くなった時、Aには特段、財産も何もないと考えていて、3か月以上が経過した後に、突然、Aにお金を貸しているという貸金業者から、Aの相続人であるB及びCに対して手紙が送られてきた場合、既に3か月が経過しているからという理由で、B及びCが相続の放棄が出来ないとなってしまっては、B及びCに対しては非常に酷です。

債権者からのお手紙

そのため、家庭裁判所においては、以下の事情を総合的に判断します。

  • B及びCが、当初、Aに具体的な財産が無いと信じていたこと
  • B及びCが、単純承認をしていないこと
  • B及びCが、Aに借金があることを知らなかったことについて落ち度がないこと

これらを踏まえて、B及びCに対して当該手紙が送られてきた日から3か月以内であれば、熟慮期間以内の申述であるとして、これを受理するということになる訳です。

(3)熟慮期間の延長と財産調査の必要性

また、相続財産が複雑で、3か月以内にすべての内容を把握するのが困難な場合には、家庭裁判所に熟慮期間の延長を申立てることができます(民法第915条1項ただし書き)。

この申立ては、相続人だけでなく、「利害関係人」も行うことができ、延長期間については法律上の明確な上限はありません。
家庭裁判所が熟慮期間延長の申立てを却下した場合には、即時抗告が可能です(家事審判法第14条、家事審判規則第111条・113条)。

たとえば、遺産に土地などの積極財産もあるが、借金も多く、すぐには判断がつかないというケースでは、延長を申立てたうえで、慎重に判断するという対応が可能です。

(4)熟慮期間が過ぎた後の「事実上の相続放棄」

では、上記のような熟慮期間が過ぎてしまった後に、相続の放棄と同様の効力を生じさせることはできないのでしょうか。

実は、以下のような方法で事実上の相続放棄をする事は考えらます。
ただし、借金をゼロにする効果が自動的に発生するものではないので注意が必要です。

  • 相続放棄契約
    一部の相続人が、相続を放棄するという内容の契約書を他の相続人との間で作るものも考えられます。
    しかし、被相続人が死亡する前の相続放棄の契約は無効なので注意が必要です。
  • 共有持分権放棄契約
    一部の相続人が、一旦承継した持ち分権を放棄する契約です。
    遺産相続そのものを放棄するのではなく、遺産相続で相続した権利を放棄するという内容のものです。
  • 特別受益証明書
    一部の相続人が、既に、生前被相続人から相当の財産を得ているので、もはや相続分がないとの特別受益について証明する文書です。
    これにより、実質上、他の相続人は自分の相続分が増えて、自己のためにのみ相続登記ができます。
  • 相続分をゼロとする遺産分割
    相続分をゼロとする遺産分割も可能であり、審判においても実際に行われています。

5 相続放棄が出来なくなる場合(単純承認)

相続放棄は、これとは逆の意思表示にあたる「単純承認」や、被相続人の財産の範囲内で債務を負担する「限定承認」を行った場合、原則として選択できません。
※ただし、詐欺・強迫など民法上の取消事由があるときは例外となります。

ここからは、気づかないうちに該当してしまうことが多い「法定単純承認」について解説します。

(1)単純承認とは?

単純承認とは、被相続人の権利義務をすべて無制限に承継することを認める意思表示です(民法第920条)。
本来、放棄や限定承認をせずにそのまま相続すれば、単純承認したものと扱われます。

(2)法定単純承認とは?

民法第921条では、以下の3つの場合に「単純承認したものとみなす」と規定しています。

  • ①相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
  • ②相続人が3か月以内(熟慮期間)に相続放棄または限定承認をしなかったとき
  • ③放棄や限定承認後に、相続財産を隠匿・私的に消費・悪意で目録に記載しなかったとき

このうち,②については、熟慮期間の間に放棄や限定承認をしない限り、自動的に単純承認とみなされるため、熟慮期間の把握が重要です。

(3)相続財産を処分した場合の注意

熟慮期間内であっても、相続財産を処分した行為があると、単純承認とみなされる可能性があります(民法921条1号)。

「処分」とは、遺産を売却するなどの法律上の行為に限らず、物を壊すなどの事実上の行為も含まれます。
たとえば、被相続人の預金を解約して使ってしまうと、単純承認と判断される恐れがあります。

一方で、過失による軽微な破損や、形式的な遺品整理などは「処分」にあたらないとされていますが、高額な品を扱う場合などは特に慎重な対応が求められます。

(4)生命保険金を受け取った場合は?

生命保険金が相続財産に含まれるかどうかは、契約上の受取人が誰かにより異なります。
判例では、死亡者の法定相続人に支払う旨の約款による死亡保険金は、相続人の固有財産であると見て、保険金の請求、及び受領も、これをもって行った被相続人の財産の一部弁済までも、相続財産の一部処分にはあたらないとされています(福岡高宮崎支決平成10年12月22日)。
そのため、保険金を受け取って使ったとしても、相続財産の処分にはあたらず、相続放棄が可能な場合がほとんどです。

(5)放棄後の不正行為にも要注意

相続放棄や限定承認をした後でも、次のような行為があると単純承認とみなされる可能性があります(民法921条3号)。

  • 財産の隠匿行為
  • こっそり消費する
  • 限定承認の場合において、財産目録に故意に財産を記載しない

これらの行為は、放棄によって得られる「債務免除」という法的効果に反するため、重大な法的リスクが伴います。

(6)相続放棄を弁護士に相談する理由

相続放棄には、放棄すべきかどうかの判断熟慮期間の管理財産処分リスクの回避など、注意すべき点が多くあります。
専門知識のないまま進めると、放棄の権利を失ってしまうおそれもあるため、判断に迷う場合は、早めに弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。

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