1 相続の預金の引出しはできない?

かつては、被相続人が亡くなった後は、これを金融機関が知ってしまうと、口座が凍結され、預金の引き出しは相続人全員の同意が無い限りできませんでした。

被相続人の預金の引き出しを行うには、金融機関から相続人全員の印鑑証明と実印、金融機関が用意した用紙への相続人全員の署名が必要となり、手続き的にも非常に煩雑でした。

また、一人でも相続人が反対すれば被相続人死亡後の預金の引き出しは不可能でした。

葬儀費用などを被相続人の遺産から拠出しようと考える場合は、危篤になった時点で預金を引き出すことが一般的に行われていましたが、これにより親族の相続争いが激化することもあり、また間に合わなかった場合にはどなたかが葬儀費用等を拠出し、この分担で再び揉めるなど相続紛争の火種となっていました。

2 かつては裁判をすれば相続預金が引き出せた。

実は、平成29年ころまでは、最高裁において、債権については遺産分割協議を経ずに当然に分割と解されていたことから、預金債権についても当然分割とされており、遺産分割調停を経なくても、裁判所を通じて金融機関に対して訴訟を提起することで引き出しが可能でした。

ところが平成29年12月19日の最高裁判例により、「預貯金一般の性格等を踏まえつつ、……各種預貯金債権の内容及び性質をみると、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と判断されたことにより、弁護士はこの手段を使って単独での預金引き出しができなくなりました。

3 平成31年の民法改正により預金引き出しが可能に

平成29年判決の結果、被相続人に多額の預貯金があっても、共同相続人全員の同意を得ることができない場合には払い戻しを受けることができず、被相続人の債務の弁済や相続人の当面の生活費に窮するといった事態が生じるおそれがあることとなりました。

この不都合を回避するため、今回の改正前までは、家事事件手続法上の手続(仮分割仮処分)を活用することが予定されていましたが、この制度を利用するハードルは高く、実用的ではありませんでした。

そこで、そのハードルを下げるとともに、預貯金債権の遺産分割前の仮払い制度が創設されました。令和元年7月1日から施行されています。

この改正により、被相続人の預貯金債権は、金融機関の口座ごとに最大150万円まで、相続人各自の判断で引き出すことを認めることにして、緊急に必要な出費に対応することを可能にしたのです(民法909条の2)。

 

4 どんな時でも150万円まで引き出せるの?

150万円は銀行口座ごとの引き出し可能上限額のことなので、遺された預貯金債権額が150万円を上回っていれば必ず150万円まで引き出せるというわけではありません。

引き出すことが可能な金額は、以下の計算式を基に算出することとされています。

相続開始時の預貯金債権額×1/3×法定相続分(民法900条各号)

5 具体例を使って分かりやすく教えて!

では、以下のようなケースで、具体的に引き出し可能な金額がいくらになるのか一緒に考えてみましょう。

(事例)

被相続人は父親Fで、その遺産はA銀行の預貯金債権1500万円と、B銀行の預貯金債権900万円のみである。相続人はFの子ども3人(それぞれ、X・Y・Z)だけである。XはFの葬儀費用のため150万円が必要だがその資力がなく、Y・Zとは疎遠で協力を得ることは難しい。XはA銀行ないしB銀行から150万円の払い戻しを受けることができるか。

相続預金の引出し

この場合、Xの法定相続分は3分の1ですので、先ほどの計算式を基に計算すると、各銀行に対して求めることができる払戻し金額は以下のようになります。

 

A銀行に対して

1500×1/3×1/3=166.66…万円

B銀行に対して

900×1/3×1/3=100万円

 

したがって、Xは、A銀行に対しては150万円の払い戻しを請求できますが(法務省令で上限が150万円までと決められているので)、B銀行に対しては100万円の払い戻ししか請求することはできないということになります。

 

6 もっと払戻しを受けられる方法はないの?

この制度を用いる限りは、1つの口座あたり150万円が上限となります。しかし、これは、他の相続人の利益保護の観点からなされている制限ですから、他の相続人全員の同意があれば、金融機関が払い戻しに応じてくれることがあります。

我々が委任を受けた事例においても、相続人全員で合意書を作成した上、各相続人の印鑑証明書を取得・添付して、金融機関から払戻しを受けたケースがあります。預金の引き出しなどで相続人間の紛争が予想される場合や、現に揉めているという場合には、専門知識のある弁護士にお気軽にご相談ください。