今回は,遺産分割協議などの場面での新たな解決策として期待され,節税効果なども期待できるため,実際に使われる場面も増えてくるかもしれない民法上の新たな権利である配偶者居住権(はいぐうしゃきょじゅうけん)について,簡単に解説してみたいと思います。

この文章はこんな方に読んでもらえたらと考えて書いています。

①今はいいけれど,残された配偶者と子らの関係が少し心配・・・。

②財産のほぼ全てを占めるのが,自宅建物であり,他に残せる遺産があまりない・・・。

こういったケースにおいて,もしかすると,この配偶者居住権が一つの解決策になってくるかもしれません。

1 配偶者居住権とは

まず,配偶者居住権とは,相続開始時(被相続人の方の死亡時点)において,被相続人の財産に属した建物に配偶者が居住していた場合において,その居住していた建物の全部について,無償で使用及び収益をする権利を取得するという権利とされています(民法1028条1項)。

簡単にいうと,配偶者という特別な立場の方に限り,所有権とも賃借権とも違う特別な権利を新たに法律で認めましたよ。というものです。これまで被相続人の方と一緒に住んできた配偶者の方のその実態を保護するために特別な名前をつけて法律で居住する権利を認めた訳です。

所有権とは,「処分権限」つまり自由に処分してお金を得るという権利と「使用収益権」つまりその建物を利用したりその建物を他人に貸したりして収益を上げる権利の2つを合わせた権利なのですが,配偶者居住権は,このうちの「使用収益権」のみを配偶者の方に認めるものという事になります。

なので,配偶者居住権を取得する場合には,その建物について制限付きの所有権を得る方が他に出てくるという事になります。詳しくは後から説明しますが,この点が,新たな解決や節税効果を期待できる要素となってくるわけです。

2 具体例

ここまでのお話だけだと,よく分からないと思われる方も多いかと思いますので,まずは簡単な具体例を踏まえながら考えていきたいと思います。

①ケース1 父,母,息子という3人の家族のケースを考えてみましょう(沖縄で一人っ子は珍しいですが,お子さんの数が増えてもお子さん全体での相続分は変わりませんので,簡単な例で考えていきましょうね。)。

まず,父が計5000万円の財産を残して亡くなったと考えてみます。財産の内訳としては,自宅建物が4000万円,預貯金1000万円です。

この場合,民法上の法定相続分は配偶者である母が2分の1,子も2分の1ですので,法定相続分は2人とも,2500万円ずつという事になってきます。

これまでの旧民法を前提にした場合,家は誰かが取得して,預金も誰かが取得するとせざるを得ませんから(共有という方法はあり得たのですが,実際にはその後の処分なども考えると不十分でした。),自宅にはまだ母が住むからという理由で母が相続したとすると,母が自宅4000万円,子が預貯金1000万円という形になりますが,子からは相続分に1500万円足りないから,お金ちょうだい!と言われる可能性がある訳です。

そうすると,自身の財産として遺産とは別に1500万円もの余裕資金があれば良いのですが,そうでなければ,じゃあ自宅を売却しようという話に発展する可能性もあります。

また,逆に子が自宅を相続した場合,法的には別途,使用貸借や賃貸借などで権利を保護しないと,母はいつでも出ていかされる可能性がある事になってきてしまいますので,やはり不便でした。

ケース2 では,同じく親子3人のケースで,総額が5000万円,自宅が2500万円,預貯金が2500万円であれば大丈夫でしょうか。

この場合には,母が自宅2500万円,子が預貯金2500万円を相続すれば法定相続分としては問題ないわけですが,こうした場合に盲点となってくるのは,母の生活費です。夫婦の預貯金を全て持っていかれたら,私は今後どう生活するの???という事になってくる訳です。

ですので,このいずれのケースにおいても,これまでの制度ではやはり不都合があったわけです。

そこで,新たにできた配偶者居住権を利用するとこの2つのケースについてどういった解決策が考えられるのでしょうか?

ケース1

所有権をお母さん一人に渡す事は不要で,お母さんは住む事だけできれば良いのですから,所有権は息子さんに渡してしまいます。ですが,しっかりとお母さんが健在の間はお母さんの住む権利を認めるという事にするのです。

そこで,配偶者居住権を母に設定し,お子さんが制限付きの所有権を取得するという形にすることで,不動産の価値を分けて相続することができるようになります。この場合の配偶者居住権について,2000万円であると仮定すると[1],母が配偶者居住権2000万円と預金500万円を取得し,子が負担つきの所有権2000万円と預金500万円を取得するという事で自宅売却という問題にもならずに平等な解決を図ることができます。

ケース2

では,ケース2の場合です。こちらについても,同じく配偶者居住権を活用する事で,配偶者居住権を1250万円を仮定すると,母が配偶者居住権1250万円を取得する事で,生活費の預金1250万円を相続することができるようになり,お子さんは負担つきの所有権1250万円+預金1250万円を取得し,母の生活費も十分に確保する事ができ,平等に解決することができるようになりました。

3 配偶者居住権のメリット

ここまで見てくると,配偶者居住権はいいことずくめのような気がしてきますが,果たしてどうでしょうか。一応,ここまで見てきた点を踏まえて,まずメリットを確認し,次にデメリットも確認してみましょう。

・配偶者の住む権利を守る事ができる。

配偶者居住権は,配偶者が被相続人の方と生前から住んでいた自宅建物に,その死後もずっと住む権利を守るという制度です。原則は終身(お亡くなりになるまで)とされていますが(民法第1030条本文),当事者間の合意で,期間を定める事も出来ます。

・配偶者の方が,住む場所に加えて,生活費も確保できる。

従来であれば,住む場所の確保のために所有権を得ようとすると,その分その他の金融財産の取得を諦めなければならなかったのですが,配偶者居住権を利用する事で,住む権利に加え,預金も相続する事ができるようになりました。

この点もメリットとしてあげられます。

・2次相続での税制上のメリットを得ることができる。

次に,配偶者居住権に関しては,一旦相続時に配偶者居住権そのものを評価して,相続します。この場合,配偶者居住権の価格+負担付きの所有権の価格は,合計すると完全な所有権の価格となりますので,相続財産全体の価格は変わらないのですが,配偶者居住権については,期間が終身の場合には配偶者の方が亡くなるまで,期間を定めた場合にはその期間にて消失しますので,二次相続(残された配偶者の方からお子さんへの相続)の際には相続財産の総額が減る事になり,結果的に相続税の額が抑えられるという事になるのです。このように配偶者居住権について税制上のメリットをあげて説明されている専門家の方もあり,このような観点から利用を考える方も相当程度,いらっしゃると思われますが,税制上のメリットについては,その他の税制との兼ね合いなどもあり,しっかりと税理士などの専門家と相談しながら,利用を考えていった方が良いでしょう。

 

4 配偶者居住権のデメリット

当然ながら,何でもいいことばかりではありません。ここからは,そのデメリットをみていきましょう。

・譲渡ができない。

配偶者居住権は,その名の通り,配偶者であった事から認められる居住の権利という事になります。

そのため,配偶者以外の方に対して,売りに出すという事ができない事には注意が必要です。

よく想定されるのは,高齢になってきて,老人ホームなどに移る事を考える場合などです。そのような場合には,その利用権を誰かに売却できたら,と考えるかもしれませんが,この権利に関しては譲渡を行う事はできないとされています。また,配偶者居住権が設定された建物を所有者が売ろうとする場合にも,配偶者居住権が設定されたままで売却を行ったとしても,購入者は利用する事ができない訳ですから,買い手自体つかないか,売れたとしても相当価値が下がるなどの問題があるであろうと考えられます。

なお,配偶者居住権を有したまま第三者に対して建物を貸す事は所有者の承諾を得れば可能です。また所有者と合意をすれば,配偶者居住権を放棄する事なども可能です。ただ,この場合,まだ配偶者居住権に価値が残っているとその放棄が所有者に対する贈与とみなされ,贈与税がかかる場合もあるなどの注意が必要です。そして,老人ホームへ移る時期によって,例えば痴呆症などが進行し,意思能力を欠くような状態となっている場合,当該放棄という法律行為を行う事もできなくなる可能性もあり,その場合は本人が死亡するまで,配偶者居住権が残るという事になってしまいます。

いずれにせよ,配偶者居住権を設定する際には,未来のこともある程度想定しながら,設定する必要があるということになってきます。

・固定資産税の負担がはっきりとしない。

固定資産税については,特段法定の定めはされていないのですが,基本的には,所有者に対して課されるものですので,土地についても建物についても固定資産税の請求は制限付きの所有権を取得した方(通常はお子さん等)に行政からは請求がなされる事になります。制限付きの所有権を取得しているとはいえ,実際にその建物を利用できないにもかかわらず,固定資産税だけ支払わされるとしたら,お子さんからすると不満でしょう。この点,居住建物の必要費については,配偶者居住権を有している方が支払う事とされている事(民法1034条1項)を踏まえ,建物分については請求する事は可能であると考えられますが,土地については条文上明らかとはされておりませんので,これらの点は別途,双方で協議しなければならず,協議が整わない場合には,単に所有者がその負担を行わなければならないという事で,この点はデメリットとなると考えられます。

 

5 配偶者居住権の設定の仕方

被相続人の財産に属した建物に配偶者が居住していた場合において配偶者居住権の設定の仕方は,①遺贈,②遺産分割協議,③審判の3つとなります。①については,被相続人の方が亡くなる前に設定する手続き②③については,被相続人の方がお亡くなりになった後の手続きという事になります。そのため,まずは①の遺贈について説明していきます。

  • 遺贈の注意点

遺贈とは,遺言によって,贈与する。という意味です。そのため,遺言を作成する必要があるわけですが,作成の際に注意するポイントとしては,配偶者居住権を遺贈する場合,よく使われているような「相続させる」という用語を利用しない事です。相続させる遺言というのは,とてもよく使われているものであるため,利用したくなってしまいますが,その欠点として,受け取る側の配偶者の方が当該遺言によって受け取るもののうち配偶者居住権のみを受け取りたくないな。と思った場合であっても,相続させる遺言の場合,相続を放棄するという方法以外は取れないため,選んで相続するという事ができなくなってしまいます。ですが,「遺贈する。」という文言にしておけば,配偶者居住権のみを受け取らないで他は受け取るというように選択することができる事になりますので,この方法を取る場合には,文言に注意が必要です。

  • 遺産分割,審判

遺産分割の場合,相続人全体で話し合いをもち,合意が取れた場合にのみ,配偶者居住権を設定することができる事になります。

審判についても,原則としては,相続人間で合意が取れている場合に裁判所が配偶者居住権を設定しますが,仮に合意が取れなかったとしても,配偶者の方が望む場合であれば,居住建物の所有者の受ける不利益を考慮してもなお,配偶者の生活を維持するために特に必要があると裁判所が認めた場合には設定される事ができます。

 

  • 期間について

配偶者居住権については,その期間を定める必要があります。基本はその趣旨からして,終身までという期間設定となります。その後の計画なども含め,具体的な期間を定める事もできますので,その点は遺贈であれば遺言書の中で,また遺産分割協議であれば,相続人同士の合意の中で設定していくものです。

 

6 配偶者居住権の登記

配偶者居住権については,登記をすることができます。この登記はいわゆる第三者対抗要件の登記とされており,当該権利を他人に対して対抗するためには登記が不可欠という事になってきます。

つまり,権利そのものは登記が無くとも成立しますが,例えば,制限付きの所有権を得た相続人の方が全くの第三者に対し,売却をした場合などには,配偶者の方はこの方に対して,配偶者居住権を対抗する事ができない,つまりそのまま居住することができないという事になります。

そのため,基本的には権利を守るためには,配偶者居住権を設定した場合には,登記まで行っておいた方が良いという事になります。

 

7 配偶者居住権の評価

次に配偶者居住権の評価方法についてですが,必要な場面としては,①遺産分割協議での場面と②相続税申告の場合に分かれます。

このうち②については,具体的な評価方法が国税庁によって発表されていますが,①については基本的には遺産分割協議の中で当事者が合意した額で決める事が想定されており,具体的な評価は,不動産そのものの時価評価の方法なども含め,最終的に当事者間で金額について合意できない場合には不動産鑑定士などの専門家による鑑定にて結論を出す事となります。

ここでは,①の場面で利用することを前提に,法制審議の過程で提案された簡易な評価方法について記載しておきますが、これは法制審議会民法(相続関係)部会において作成され、どなたでも確認が可能な資料となっています。 http://www.moj.go.jp/content/001222142.pdf

 

【計算式1】

① 建物の価額(固定資産税評価額)

=②長期居住権付所有権の価額+③長期居住権の価額

② 長期居住権付所有権の価額(注1)

=①固定資産税評価額× 法定耐用年数−(経過年数+存続年数(注3))法定耐用年数(注2)−経過年数×ライプニッツ係数(注4)

③ 長期居住権の価額

=①固定資産税評価額-②長期居住権付所有権の価額

(注1)計算結果がマイナスとなる場合には,0円とする。

(注2)法定耐用年数は減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)において構造・用途ごとに規定されており,木造の住宅用建物は22年,鉄筋コンクリート造の住宅用建物は47年と定められている。

(注3)長期居住権の存続期間が終身である場合には,簡易生命表記載の平均余命の値を使用するものとする。

(注4)ライプニッツ係数は以下のとおりとなる(小数第四位以下四捨五入)。

債権法改正案(3%) 現行法(5%)

5年 0.863 0.784

10年 0.744 0.614

15年 0.642 0.481

20年 0.554 0.377

25年 0.478 0.295

30年 0.412 0.231

 

8 配偶者短期居住権

配偶者居住権とは似て否なるものに,配偶者短期居住権というものがあります。これは,配偶者の方が被相続人の方と生前から同居していた場合に,①相続開始後6ヶ月または,②遺産分割協議等で当該建物の所有者が確定する時のいずれか遅いときまで,または③当該建物の所有者となった方から配偶者短期居住権の消滅の請求があったときから6か月を経過したときまで、当該建物に居住する権利を保有するというものです(民法第1037条)。

この居住権は、これまで被相続人の死後に同居していた配偶者の方に関する居住権としては、判例において遺産分割の終了までの間は認められてきておりましたが(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)、いくつかの例外については、認められない場合もあり得た。そのため、これを、法定の居住権として確定させた点に意味があるものです。

簡単にいえば、被相続人の方と同居をしてきた配偶者の方は、遺産分割などで話し合いがまとまるまでの間または(遺贈などによって)新たに所有権を取得した方から出て行ってくれと明確に請求されてから6か月経過するまでの間は、気兼ねなくそのまま家に居住していて良いですよ。という事になった訳です。

この短期居住権については、仮に本人が配偶者居住権を取得する事になった場合には、当然といえば当然ですが、消滅する事になります。

9 まとめ

以上見てきたとおり,2020年4月1日以降に発生する相続に関しては,配偶者居住権の利用を考える事ができる事になりました。まだまだ新たな制度であって判例等の十分な蓄積がある訳ではないので、その利用には慎重になる必要はあるかと思いますが、当然、必要な場面は出てくるものと思いますので、記憶しておいて損はないものと思います。

 

[1] 正確に計算した場合に,ちょうど価値の半分という事になる訳ではありませんので注意ください。